RESEARCH

私たちの研究室は生物の形作りに興味を持っています。特に、多細胞生物の形作りでは、1つ1つの細胞が相互に作用し合うことにより、機能的な組織や器官を自律的に形成します(自己組織化)。私たちの目標は、この多細胞の自己組織的な形作りを様々な角度から理解することにあります。これを目指して、胚組織を試験管内で再現する幹細胞オルガノイドや、多細胞の動態を予測する力学シミュレーションなど、生物学、物理学、工学などの技術を融合した新規アプローチに取り組んでいます。

I. マウスES細胞やヒトiPS細胞の立体組織培養実験

試験管の中で幹細胞を培養し、器官様の三次元的な組織(オルガノイド)を作ることで、胚発生やがん疾患における多細胞の振る舞いを観察しています。遺伝子改編技術や蛍光イメージング技術などを駆使し、自己組織化における多細胞ダイナミクスの分子生物学的・細胞生物学的・生体力学的な理解を目指しています。


II. 分子・細胞・組織を包括した力学シミュレーション

胚発生やがん形成などの多細胞の三次元動態を分子・細胞・組織のスケールから統合的に解析するため、新しい力学シミュレーション手法を開発しています。この手法を胚発生やがん形成などの現象に適用することにより、多数の分子・細胞から成る組織・器官の動態を網羅的・定量的に予測することを目指しています。


III. 組織局所に対する力学的・生化学的な摂動実験

原子間力顕微鏡(AFM)や電動マニピュレータなどを用いて、作成した立体組織の局所に対して力学的・生化学的な摂動を加え、その応答を観察しています。この摂動解析により、自己組織化の鍵となる分子-細胞-組織間のスケールを超えた相互作用の理解を目指しています。


IV. 物理学に基づく多細胞ダイナミクスの理論解析

力学シミュレーションや立体組織培養実験で得られた複雑なデータや知見に基づいて、多様な多細胞動態の素過程を抽出し、その定式化を行っています。これにより、胚発生やがん疾患などの幅広い多細胞ダイナミクスに共通した原理の発見を目指しています。


GALLERY

TOPICS

以下では、研究室の各メンバーによる研究紹介です。この研究室では、学部生、院生、研究員、教員の一人一人が、それぞれの興味に根差した研究テーマに取り組み、日々議論を重ねています。まだまだ萌芽的な段階のテーマが多いのですが、メンバーの研究の一部を簡単に紹介しているのでぜひご覧ください。

三次元組織培養による脳発生の多細胞動態の理解と操作
詩丘 伊月、酒井 伍希

私たちは、多能性幹細胞の自己組織化を利用して、生体における神経発生の重要な特徴を試験管の中で再現する三次元組織「脳オルガノイド」を作成しています。この脳オルガノイドに対して物理的・化学的な刺激を与えた際の応答から、脳発生における多細胞動態を理解・制御することを目指しています。

上皮組織における層形成の力学シミュレーション
深町 崇耶

脳や皮膚、胚は上皮と呼ばれる細胞が層となった組織から形成されています。発生過程において、この上皮構造が単層から多層へと、細胞の力学的作用によって変化していきます。この細胞達のダイナミックな動きを、三次元バーテックスモデルを用いて解析し、その層形成の仕組みの理解に取り組んでいます。

生体内における生化学因子の輸送シミュレーション
酒井 伍希

生体内では生化学因子の濃度の違いによる細胞の増殖・運動・分化・代謝などの制御を通して発生過程の進行や生体環境の恒常性維持などを実現しています。この制御機構を理解するため、組織内における生化学因子の輸送に着目し、濃度勾配のでき方の定量的なシミュレーションに取り組んでいます。



INTEREST

生物を形作る細胞や組織は多数の分子から構成されています。しかし、生物の示す現象はその構成要素からは想像ができないような複雑な機能や振る舞いを示します。このように構成要素に還元できない生命の現象「創発現象」はどのように理解すればよいのでしょうか?要素還元的な理解が主流である現代の生物学には大きなパラダイムシフトが求められています。

現代の生物学の中核は遺伝子改変技術にあります。この遺伝子改変技術の発展によって、生物の構成要素である分子の動態を可視化し、自在に操作することが可能となりました。これにより、発生や疾患などの組織レベルの現象や、細胞増殖、細胞死、細胞運動などの細胞レベルの現象など、マクロな振る舞いを制御する分子機構が明らかになりました。しかし、構成要素である分子の理解を積み重ねても、総体としての生命現象、特にその「生物らしさ」を理解できる訳ではありません。

多数の細胞からなる生物の形作りには、その生物らしい現象の一つとして「自己組織化」と呼ばれる現象がみられます。この多細胞の自己組織化は、複数の細胞が相互に作用し合うことにより、機能的な組織や器官を自律的に形成する現象です。この多細胞の自己組織化は、個々の細胞の振る舞いの単純な総和とは異なるため、創発現象の一つであると考えられます。それでは、この多細胞の自己組織化を理解するためには、何を手掛かりにすればよいでしょうか?

多細胞の形作りの特徴として、(I) 細胞集団の自律的なパターン形成と、(II) 細胞集団のアクティブな形態形成が挙げられます。(I)のパターン形成は、細胞の遺伝子発現と細胞間の生化学的な相互作用により、異なる遺伝子発現を示す細胞の時空間パターンを作り出す現象であり、(II)の形態形成は、細胞の生じるアクティブな力と細胞間の力学的な相互作用により、組織の三次元的な構造を動的に変化させる現象です。この二つの特徴は、多細胞の一般的な現象に共通することから、多細胞の自己組織化を理解する上で、大きなヒントになりそうです。

まず、ボトムアップな応用問題として、(I)と(II)の相互作用による「力学‐生化学カップリング」が考えられます。(I)のパターン形成によって生じる細胞の遺伝子発現の変化は、同時に、その細胞が生じるアクティブな力を変化させます。この力の変化は、(II)の形態形成によって生じる組織の三次元的な構造を変化させます。ところが、(I)における細胞間の生化学的な相互作用は、三次元的な組織の内部で生じるため、(I)のパターン形成がさらに変化します。このように、(I)のパターン形成と(II)の形態形成が組み合わさると、上記のような系全体の自律性によって自己組織化が進行すると考えられます。私たちは、数理モデルを用いた研究によって、パターン形成と形態形成の相互作用がそれぞれの総和とは異なる現象を生じる機構を見つけました(Sci Rep 2017)

さらに、組織内部の階層的な構造から、組織を構成する分子や細胞と組織全体との相互作用による「局所と全体の協同」が考えられます。組織全体のパターン形成や形態形成は個々の分子や細胞の能動的な振る舞いによって変化しますが、このミクロからマクロへの一方向的な作用だけでは組織全体の振る舞いを適切に制御することは難しく、マクロからミクロへフィードバックが必要だと考えられます。私たちは、幹細胞オルガノイドと数理モデルを用いた研究によって、組織全体の形態変化が個々の細胞のアクティブな力発生にフィードバックされる機構を見つけました(Sci Adv 2018, 解説記事)

私たちはこれまでの研究で、自己組織化の基礎となる「力学-生化学カップリング」や「局所と全体の協同」の一端を明らかにしました。しかし、その本質的な理解には遠く及んでいません。その要因の一つは多細胞の自己組織化現象の複雑さにあると考えられます。 そこでこの研究室では、複雑な自己組織化の過程をその本質を保ったまま単純化する新たな実験系の構築をしています。また、複雑な自己組織化の過程を定量的に評価するための新たな計測技術と予測技術の開発に取り組んでいます。さらに、開発した独自の技術を総動員し、胚発生やがん形成における多細胞ダイナミクスの基本原理の理解に取り組んでいます。